ジャンル>歴史
-
東西の統治者 徳川家康とエリザベス一世
更級悠哉 (著)
発行日: 2023/10/25
頁数: 258ページ
ISBN-13: 9784434327162
定価: 1650円(本体1500円+税10%)
内容紹介
家康とエリザベス女王との交流を描いた近世歴史小説はほとんどなかった。家康の画期的な業績は日本統一だけではない。志半ばに終わったとはいえ、欧州やアジアとの交易や外交に乗り出したことにあった。それに迫るのがこの書になる。
書評
徳川家康と英エリザベス女王という何千㌔も離れた東西の君主が同時代を生き、実は深いつながりがあった。それも濃密に。この発見こそ、歴史の醍醐味ではなかろうか。
本書はそれを裏付ける調査と分析を重ね、推測と構想で壮大なドラマに仕立てた。私の勉強不足はあるにしても、家康が実は外国との交易に積極的な開国主義者で、伊達政宗に大型帆船を造らせ、遣欧使節の裏の立役者だったことなど知らなかった。そればかりか、跡継ぎの2代将軍秀忠に「守旧派の口車に乗って、鎖国をしてはならぬぞ」と、きつく戒めていたことにも驚き、いつしか著者の世界に没入してしまっていた。
鍵となるのは、英人ウイリアム・アダムズ。日本名、三浦按針である。一般的には漂着した航海士とされているが、本当はエリザベス女王に選ばれた正式のエゲレス国使だったというのが、著者の確信である。新興国、エゲレスはアジアに拠点を築こうと、航海士ながら軍事や造船などにも通じ、何より堅実な人柄のアダムズに白羽の矢を立てた。
当時、世界はイスパニア、ポルトガルが全盛で、特にアジアの海はそうだった。
そこでアダムズはバタビアに拠点を築きつつあるオランダ船に乗って、漂着民を装って豊後の国に上陸した。キリスト教が禁止され、バテレンへの締め付けが次第に厳しくなる中、アダムズは関ケ原の戦いに勝利したばかりの家康に会う。
そこでアダムズは領土的野心を持つイスパニアやポルトガルと違い、エゲレスは交易を重んじ、互いの利益を追求する姿勢であることを力説した。また欧州もカソリックとプロテスタントが覇を競い、近年、エゲレスがイスパニアの無敵艦隊を破ったことなど世界情勢を語った。さらに、金銀の改良された精錬技術を教え、家康の目を海外に開かせた。
家康も万里の波頭を越え、日本にやってくる彼ら欧州人の科学技術の高さを認め、積極的に吸収した。アダムズを500石で直参の侍に取り立て、外交顧問として登用した。家康は伊達政宗に大型帆船の建造を勧め、渋る政宗をあの手この手で懐柔し決断させた。それは数年後、結実し、仙台藩の遣欧使節を乗せて太平洋を渡った。家康と政宗のやり取りなど、実際そうであったかと思えるほど迫真に満ちている。
それなのに、その大型帆船は鎖国で使えなくなり、建造技術も潰えた。ペリーが浦賀に来たとき、日本には小舟しかないと馬鹿にし、大砲を持って開国を迫った。秀忠、その後の3代将軍家光を嘆じ、著者は家康に言わせている。
「異国の意見にはすぐに分からぬこと、気に入らぬこともあろう。それを考えて聞くのが日本を強くする良薬となる。同じ島国のエゲレスは日本に帆船を送れるが、日本には到底できない。鎖国をすると、結局は日本を貧しい遅れた国にしてしまう」。これが著者の本当に言いたかったことなのだろう。
新井孝治 (元共同通信社記者)
書評2
更級悠哉著『東西の統治者徳川家康とエリザベス一世』にみる、 卓越した着眼力と巧妙なる作成力
フィクション、ノンフィクションに関わらず作品完成には着眼力と作成力の双方が不可欠だ。
どちらも素晴らしければ、川端康成のように天才と呼ばれる事になるが、そのバランシングに 創作者としての個性が発露する。
更級悠哉氏の場合は、卓越した着眼力が突出している事は言うまでもないのだか、それに関して 述べる前に(文章)作成力についても語らないわけにはいかない。
更級氏の文章作成の才能は、むしろ 戯曲やシナリオ方面にも開かれているのではないかと思われるほどに巧妙でリアルだ。
活き活きとした会話のやり取りには、もしかしたら更級氏は登場人物の知り合いなのか? と勘違い してしまう程である。
(特に家康と三浦按針との会話は秀逸。私の眼前で三次元的に繰り広げられていた、 確かに。)
会話以外の文章も構造や表記に無駄も無理も無く、勿論読みやすく分かりやすい。
歴史ファン以外の多くの読者をも納得させる力量がある。(たまに読めない漢字があるが、そこは読者 への努力の推奨かと解釈した。)
さて、着眼力であるが、昨今話題のAIの今後を想像すると、作成力は将来AIが作家を(あくまで見た目で) 上回る日が来るかもしれない。しかし、着眼力はそうはいかないだろう。更級氏の持つ跳躍した発想は、 過去の蓄積や分析と改良からは決して得られないものだからである。
更級氏の過去から更級氏の未来は 誰にも視えない、はずだ。 更級氏の脳を覗く事は私には不可能だから、卓越した着眼力の何たるかを 調査したり分析したりはしないのだが(出来ないのだが)、素直に降参し、「家康とエリザベス一世」の 次の物語を待つしかないのだろう。
物語の最中で物語と共に戯れる。その、至福な時を与えて頂いた事に、我々読者は何よりも深く感謝する 事としよう。
(2023年11月 汐見 玲)
著者について
大学卒業後、メーカーの販売管理者としてドイツ他に約10年間駐在。その折、英・仏・蘭・西・露等の宮殿や戦跡・国境を見て回り、欧州と日本が繋がる現代史執筆を思いたつ。
著書に『昭和天皇、退位せず』『幕末・明治の外交交渉と外国人』(以上、青山ライフ出版)がある。ペンネームの更級悠哉は出世地に因む。