今回も、2023年12月下旬に弊社から全国書店で発刊される『情報の運び屋(上巻)情報の路(みち)」(大崎俊彦著 1,350円+税)と「情報の運び屋(下巻)情報の詩(うた)」(大崎俊彦著 1,350円+税)について紹介させていただきます。
本書は、「人類は情報の運び屋である」という非常にユニークな思想を元に書かれた物語です。「情報というものは、多様性がなければ生きて行けない。人種や民族、国家や経済体制、政治や宗教等の多様性は、分断の壁ではなく、情報の努力と進化の結晶であるから、それを理由に争うのは本末転倒である」と訴えています。
その部分をどのように主張しているのか。
「情報の運び屋(上巻)情報の路」の第2章から一部抜粋し、紹介します。
———————以下、抜粋
人種や民族、国家や経済体制、政治や宗教、言語や生活習慣、思想や主義主張などのあらゆる違いは、分断の壁ではない。これらの違いは、情報たちそれぞれが直面した環境の変化に適応しながら生き残り、そして生き残った情報たちが汗と涙の努力と、創造と進化を遂げた結晶とも言うべき素晴らしい多様性の成果である。
情報は、多様性がなければ生きて行けない。つまりあらゆる違いは、これまで激変する環境の変化に適応しながら生き残り続けた、情報たちの足跡とも言うべき素晴らしい特長なのだ。
従って情報の運び屋たる人類は、こうした人種や民族、国家や経済体制、政治や宗教、言語や生活習慣、思想や主義主張など、あらゆるお互いの違いを、お互いに理解し合い、お互いに認め合って、その違いを融合させた雑種強勢ともいうべき多用性溢れる情報の森造りを目指さなくてはならない。その情報の森に、あらゆる分断などの壁を超越した、平和で豊かな人類社会が構築されると主張しているのが本書だ。
風を身情の肌で感じるがよい。
風は自由にして爽やかで、
風は山や森や荒野の壁を越え、
風は人種や民族や国境も超えて、
風は憎悪を吹き去りながらも、
風自らは汚れることなく爽やかである。
風は大自然の恵みも乗せて、
風は種を育みながら吹いてゆく。
なぜ、情報運搬屋の人類たちは、
風になりきれず争うのだろうか?
水を身情の口に含んでみるがよい。
水は自由にして清らかで、
水は雨や川や海流の壁を越え、
水は言語や文明や思想も超えて、
水は汚れを飲み込みながらも、
水自らは汚れることなく純粋である。
水は情報たちの期待も乗せて、
水は命を育みながら流れて行く。
なぜ、情報運搬屋の人類たちは、
水になりきれず闘うのだろうか?
時を身情の鼓動で刻んでみるがよい。
時は自由にして媚びずに、
時は音や光や歴史の壁を越え、
時は宗教や文化や価値観も超えて、
時は過去を美化しながらも、
時自らは乱れることなく正確である。
時は過去の想い出も乗せて、
時は夢を育みながら刻んでいく。
なぜ、情報運搬屋の人類たちは、
時になりきれず戦うのだろうか?