便所のネズミと倉のネズミ

――司馬遷著『史記列伝』を読んで――

『史記』は司馬遷が書いた歴史書で、
紀元前91年頃に完成しました。
『列伝』はその中の一つで70巻からなり、
『李斯列伝』は27番目の話です。

李斯(りし)は秦が天下統一したときの立役者です。
この話の一番最初のところが、特におもしろいです。

若い頃、地方の下っぱ役人だった李斯が
なぜこんなに出世したのか。

人生の転機というものはいろいろありますが、
何かを見たときに、ぱっと気がついて、
腹の底から、これだ! と思うようなことがあります。
そのひらめきが書いてあるのです。

あるとき、李斯は役所の便所でネズミを見ました。
便所のネズミは汚物を食う生活をしており、
しかも人間や犬を恐れていつもびくびくしていた。

ところが、倉の中のネズミは穀物をたらふく食って、
ゆったりとしている。

「ああ、そうなのか」と李斯は思ったのです。

「結局、人間もネズミと同じではないか。
賢いとか、愚かだとか言うが、その違いは、
才能や努力などという以前に、
その人のいる場所によって決まってしまうのだ」と。

「だったら、俺は一番よい場所に行ってやろう」と思ったのです。

こうして李斯は偉い先生について帝王政治学を学び、
一番の強国であった秦に向かった。
秦王(始皇帝)に仕える策をこうじて、
チャンスをつかみました。

二十数年後、秦は天下を取り、李斯は宰相となった。

李斯の長男も地方の長官となり、
長男が帰省したとき、家で酒宴を催した。
国の主な者はことごとくやってきて、
門前に集まった車馬は何千という数に上った。

それを見て李斯は思いました。
「今、私は頂点に立ってしまった。
物事は頂点に達すると、あとは衰えるほかない。
私の馬車が止まるのは、一体どこなのだろう」

そして、そのときはまもなくやって来ました。

始皇帝が死に、二世皇帝の時代になると、
李斯は謀略により投獄され、
やがて一族もろとも皆殺しにされました。

李斯の生き方にはいろいろ考えさせられます。

「人間はいる場所によって決まる」と看破し、
平民から大国の宰相になったのは見事でした。

けれども高く上りすぎると、
やはり危険ということでしょうか。

たしかに李斯は、米倉の一番てっぺんのネズミになりましたが、
それがイコール幸せではなかったともいえます。

米倉のネズミが皆幸福で
便所のネズミが皆不幸とは限りませんよね。

とはいえ米倉にいたいのも事実。
けど、高く上りすぎると危険だから、
中程の目立たない、安全なところにいようと。

大半がそう思っているのが今の日本のような気がします。

カテゴリー: 本の紹介   作成者: admin パーマリンク

admin の紹介

青山ライフ出版 代表取締役。北海道生まれ。1983年早稲田大学教育学部卒。経営誌副編集長などを経て、2005年青山ライフ出版を設立。実用書、エッセイ、小説、詩集、絵本、写真集など幅広い出版物を発刊している。