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ジャンル>歴史、学術

  • 桓武平氏澁谷一族と中世佐渡国に下向した羽黒城主澁谷三郎左エ門系譜
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  • 桓武平氏澁谷一族と中世佐渡国に下向した羽黒城主澁谷三郎左エ門系譜
    [単行本(化粧箱付き)]

    澁谷芳夫 (著)

    サンプルを立ち読み 発行日: 2016/11/7
    頁数: 528ページ
    ISBN-13: 978-4864502511
    定価: 8,000円+税


    内容紹介

     澁谷氏の祖である秩父武基が謀反の風聞(ふうぶん)により佐渡に流罪となっている。
     『加茂村誌』には「澁谷武基(河崎、秩父氏)佐渡に配流さる。所在不詳。」と書かれているが、流された詳しい時期、場所、理由等について調べてみたが、詳細について書かれた資料を見つけることはできなかった。
     武基は前九年の役(1051~1062)に従軍していることから推測すると1000年~1080年の政情不安な時代に謀反の噂を立てられ、佐渡に流されたと考えられるのである。
     当時は現代のように「疑わしくは罰せず」ではなく、疑われれば必ず罰せられていた。このことは『吾妻鏡』の処々に見られることからも容易に想像できる。
     武基の苗字を澁谷、河崎、秩父、等で書かれているが、澁谷の先祖であることは間違いないけれど、この時代は秩父と呼ぶのが相応(ふさわ)しいと考える。何時赦免(しゃめん)になったのかも全く分からない。
    両津の隣りに、河崎という地名があるが、この辺り一帯は賀茂郡に属していた。931年頃の賀茂郡は賀茂・佐為・殖栗・勳知・大野と『倭(わ)名(みょう)類(るい)聚(じゅ)抄(しょう)』には書かれており、河崎という地名は出てこない。『河崎村史料編年志』も調べてみたが、河崎という地名の由来は分からなかった。武基の子供が河崎氏であり、澁谷の祖でもあったことと関係があるのではないかとも思えるのである。
     河や川に余り関係のないこの地に、いきなり河崎という地名があるのが、不思議でならない。(本文より)
     中世佐渡に流された羽黒澁谷家の系図について調査をまとめた私家本。


    著者について

    東京都在住。


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