ジョン・レノン没後35年

12月9日、テレビを見ていたら、ジョン・レノン没後35年のニュース。

そう、そう。35年前の1980年12月8日に、ジョン・レノンは凶弾に倒れたのだった。当時のことが鮮やかに、というより、夢か幻のように思い出された。

僕は学生で、バンド仲間と新宿の居酒屋で飲んでいた。ジョン・レノン、ジョン・レノンと、その死を悼みながら。

その年は、ちょうどジョン・レノンが5年にわたる子育て休暇的な沈黙を破って、「ダブル・ファンタジー」というアルバムを出して盛り上がっていたさなかだった。

ジョン・レノンは40歳、僕は20歳だった。

それから35年たったわけだ。

第6回無料出版キャンペーンの結果

すでにホームページで発表しておりますが、
第6回無料出版キャンペーンの結果をあらためてご報告します。

編集部による厳正なる審査の結果、書店流通賞は該当者なし、

amazon販売賞には、
東京都・小平信行様の「名作からのメッセージ―私の展覧会散歩―」
鹿児島県・原口策真様の「海が教える人類の危機」の2作品が当選。

電子出版賞は、
福島県・遠藤健治様の「ぼくはモナリザに恋はしない」が当選。

特別賞は、
三重県・平安名 尚様の「小説・具志頭親方・蔡温」が当選となりました。

応募作品全体を見ての感想ですが、
応募作品のレベルが年々上がってきていると感じました。

作品は当選しなかったものでも、実際はどれも甲乙付けがたいものでした。
そこから、あえて選ばなければならないのは、
弊社にとっては嬉しい悩みです。

いつか、そんなに遠くない時期に、
このキャンペーン当選作品からベストセラー、ロングセラーが
出るのではないか?
出るかもしれない。
きっと出る!

そう思うと、本当に楽しみです!

図書館に選ばれる本をめざそう

自費出版は限られた予算の中で行われるので大量発行は簡単でないのが現状です。
ただ1000部以下の少部数であっても、
価値の高い本は図書館に置かれる可能性が高くなります。

図書館も少ない予算の中で、いかに良質な
地域住民に喜ばれる本を揃えられるかを日々考えているのです。
決してベストセラーばかりを揃えているわけではありません。

たとえば地域の歴史・文化を詳細に調べた良質な本などは、
地域の図書館にとってなくてはならないものです。

たとえ少部数の自費出版であっても、
貴重なラインナップの1冊として大事に扱ってもらえます。

そんな本を地域に残すことができたら、
とても価値のある仕事をしたということになります。

田端文士村記念館に行ってきた

東京・山手線には29駅ありますが、乗降客のランキングを見ると、
新宿、渋谷、池袋、品川、東京というのがベスト5のようです。
で、下位のランキングは、25位の大塚から、田端、目白、新大久保ときて、
最下位は鶯谷とのことです。
この中で、私にまったく縁のないのが田端駅。
30年以上東京にいて、1度も降りた記憶がないので
先日、行ってみました。

田端など何もないのではと思いながら、
山手線を降りて、よく分からないまま南口を出たところ、
本当に何もなかったので驚がくしました。

いくらなんでも山手線の駅なのだから、
駅前には店の10軒、20軒はあると思っていたからです。
そこはいきなり崖上・高台の住宅街であり、
崖の下を山手線が走っていたので、その見晴らしのよさは
山手線駅前随一でしょう。
どうやら田端駅に沿って走る東北本線の西側が崖上、
東側が崖下という感じになっているようです。

気を取り直して北口に出ると、
アトレなどがありそれなりに賑やかでした。

すぐ目の前に『田端文士村記念館』がありました。
入場無料でした。

田端駅の西側(高台側)は明治から昭和初期にかけて、
多くの芸術家・文士が住み、文士・芸術家村の様相を呈していた。
それを記念して建てられた記念館とのことです。

パンフレットによると、
明治22年、上野公園の外れに東京美術学校(現東京芸術大学)が開校されたのがきっかけで、
その卒業生が同じ台地続きで便のよい田端に住んで活動するようになった。
そのうち直木三十五らの文士も集まり出し、
大正3年に芥川龍之介が転入してくると、室生犀星、林芙美子、
サトウハチロー、菊池寛、萩原朔太郎らの文人が多く移り住み、
『文士村』という状況になった、とのこと。

記念館には芥川龍之介や室生犀星らの自筆原稿など、
非常に興味深い資料が展示されていました。
芥川の手書き原稿を見ましたが、案外さらっと書いている。
推敲に推敲を重ねたという感じではないと思いました。

それより驚いたのは、ジオラマで見た芥川の晩年の住まい。
部屋が10ほどある屋敷で、先般見た漱石の家よりずっと立派でした。

芥川はこの家の2階の書斎で「唯ぼんやりとした不安」という言葉を残して、
かわいい盛りの幼い3人の子どもを残して、昭和2年に自死しました。
いまさらながら、なぜ? と思わずにいられません。

文学好きの方は行く価値がある記念館です。

田端文士村記念館

田端駅前にある田端文士村記念館

第19回日本自費出版文化賞

第19回日本自費出版文化賞は、以下の日程で開催されます。

◇日程◇

募集開始:2015年(平成27年)11月1日
締め切り:2016年(平成28年)3月31日
一次選考:2016年(平成28年)4月~6月
二次選考会:2016年7月 入選候補作品が決定
最終選考会:2016年9月7日(水) 入賞作品、大賞、入選作品が決定
表彰式:2016年10月8日(土) 予定

◇応募資格◇

制作費用の全額または一部を著者(個人・団体)が負担し、
日本国内で過去10年以内に出版され、
主として日本語で書かれた一般書で、製本された著書が対象。
著者の国籍は問いません。
一般書とは、一般の人が理解できる内容の書籍を指します。

◇申込先、応募著書・応募用紙送り先◇

郵便番号 103-0001
東京都中央区日本橋小伝馬町7-16 日本自費出版文化賞事務局
電 話:03-5623-5411
FAX:03-5623-5473
インターネット:http://www.jsjapan.net/

◇ 賞状および賞金、賞品◇

・大賞:賞状ならびに賞金20万円(1点)
・部門賞:賞状ならびに賞金5万円(各部門1点)
・特別賞:(各部門1点 協賛各社賞ほか)賞状ならびに記念品
・入選:賞状(各部門10点程度)

 

第18回自費出版文化賞表彰式

第18回自費出版文化賞表彰式は2015年10月10日に行われた

 

新宿区『漱石山房』記念館、建設中

新宿区では2017年2月の開館をめざして、
『漱石山房』記念館(仮称)を建設中である。

なぜ、この情報を知ったかというと、
行ったことのないところをぶらぶら歩くということを
休みの日などによくやっていて、突き当たったのである。

その日は、飯田橋駅で降り、早稲田通りを神楽坂に向かって
歩いて行った。神楽坂上まで上り、交差点を越えてさらに行くと、
東西線の神楽坂駅にいたる。
駅の西側の信号を左折すると矢来町となり新潮社の社屋があった。
昭和30年代を感じさせる、
私にとってはノスタルジックな重厚感のある建物である。
ここから数々の文学作品が生み出されてきたのだなと思いながら通り過ぎた。
矢来町と新潮社を見てみたかったのである。

さて、次はどこへ行こうか?
スマホの地図を見ると、早稲田方面に『漱石公園』の表示がある。
これは行かねばと、細い通りを早稲田に向かって歩いた。

10分ほど歩いたろうか。
漱石公園は入口に漱石の胸像があるのですぐにわかった。
左手に工事中の建物があった。
小さな事務所に入ってみるとボランティアのおじさんが、
「まさに、この場所に漱石山房があったんですよ」と教えてくれた。

漱石に関するとても充実した資料をいただいた。
さすがに地元だけあって、見たこともない、
漱石の子どもの頃、学生時代の写真などが豊富に載っている冊子である。

https://www.google.co.jp/maps/@35.703772,139.7257798,18z

『三四郎』『こころ』『道草』など、
その代表作はほとんどここ(現早稲田南町7番地)で書かれた。

ここにあった8畳が4部屋に、子ども部屋、女中部屋と台所の借家に、
内田百閒、芥川龍之介、寺田寅彦、森田草平、
鈴木三重吉らの文人が木曜日になるとやってきて、
文学を語ったりしていた。
この漱石が最晩年を過ごした漱石山房を再現し、
資料などを展示した「漱石山房記念館」をいま建設中なのだ。

漱石は生まれたのもこの近くの喜久井町なので、
新宿区で生まれ、新宿区で亡くなったことになる。
新宿区としてはまさに地元の作家が国民作家ということで、
このような記念館を建てたくなる気持ちもよくわかる。

漱石は生まれてすぐに四谷の古道具屋に里子に出され、
すぐに戻されたが、またすぐ塩原という夫婦に養子に出された。
けれども漱石が8歳の頃、この夫婦が離婚したので、
夏目家に戻された。
6人兄弟の末っ子で、両親もすでに高齢であって、
余計者扱いされたという。

そういえば漱石の小品の中に幼少期の思い出を書いたものがあり、
実の母親が少しだけ愛情を見せてくれた言葉を
うっすらと記憶しているというくだりを読んで、
ああ、と思ったことがある。

そういうちょっとした少ない愛情、薄いけど確かに感じた愛情
に頼って、心の支えにしていたような気がしたからだ。

どうみてもかわいそうに思える幼少期だが、
こういう環境のどこに、
あのような巨大な才能をはぐくむものがあったのかと思う。

夏目坂の方にも足を伸ばし、印象に残る散歩であった。

漱石公園

漱石公園

第18回日本自費出版文化賞の受賞者決まる

第18回日本自費出版文化賞の最終選考会が2015年9月2日に東京都内で開かれ、
大賞1点、部門賞7点、特別賞7点、入選55点が決定しました。

大賞に選ばれたのは桝田静代さん(奈良県)の『絵双六-その起源と庶民文化』(研究評論部門)。

「“ゲームとしての双六”ではなく、古くは仏教の浄土双六に始まるという日本の絵双六が、
江戸時代になり、庶民の生き方や価値観を形成するまでになった社会的役割を縦横に論じた「双六の文化誌」。
女性や子供に与えた影響なども含めたエコロジー的発想も感じる」
という選考委員の講評でした。

部門賞は以下の結果でした。

地域文化部門 『富山県における学童集団疎開-戦争、子どもと地域の観点から-』 (須山盛彰)
個人誌部門 『平成おくのほそ道道中記』 (澤田康)
小説部門 『失郷民-趙南冨とその時代-』 (中田哲三)
エッセー部門 『アンコール・極上葡萄酒談義』 (近藤聰)
詩歌部門 『遊絲』 (嵯峨美津江)
研究・評論部門 『献身遺伝病FAP(家族性アミロイドポリニューロパシー)患者と志多田正子たちのたたかい』 (大久保真紀)
グラフィック部門 『UPPER MUSTANG -Way To Lo-Mauthang 』 (井上一夫)

表彰式は2015年10月10日(土)に東京都・千代田区のアルカディア市ヶ谷で開かれます。

詳細は以下をご覧ください。

http://www.jsjapan.net/jssyonews18.htm

第6回 無料出版キャンペーンの詳細が決まる

毎年恒例の無料出版キャンペーンですが、今年も実施します。

概要は以下です。

1.書店流通賞
300冊を無料で制作し、取次ぎを通して出版。

2.アマゾン販売賞
50冊を無料で制作し、amazonで出版。

3.電子出版賞
電子書籍を無料で制作し、電子出版サイト「pocket.jp」に登録。
●応募期間
2015年10月1日~10月30日

●応募条件
◇データ原稿であること。
◇モノクロ原稿であること。
◇書店流通、アマゾン販売の初版印税は無し。
◇本および電子書籍の定価は弊社が決定します。

●応募方法
メールまたは郵送。
郵便番号・住所・氏名・ふりがな・年齢・職業・性別・電話番号・
メールアドレスとともに、
400字から800字の作品概要(あらすじ)を必ずつけてください。

詳しくは以下をご覧ください。

http://aoyamalife.co.jp/jihi/j_02.html

大戸屋、三森久実会長のこと

大戸屋の三森久実会長が、この7月27日に亡くなった。訃報を知ったとき、まさかと信じられなかった。まだ57歳だというのに。

とても悲しく、寂しい気持ちになった。

三森会長に初めて会ったのは1997年頃だと思う。

経営誌の記者として、西武線田無駅の近くにあった会社に取材に行ったのが最初だ。

今でこそ400店舗もある大戸屋だが、当時はほとんど知られていなかった。

狭い定食屋の片隅のようなところで、三森社長(当時)は、子供のいなかった叔父の養子になったこと。その叔父が池袋で人気の定食屋を営んでいたこと。高校時代は野球に打ち込み、プロ野球選手になりたかったが諦め、卒業後、著名レストランで働いたが、非常に尊敬していた叔父が間もなく亡くなってしまい、21歳で店を継ぐことになったことなどを訥々と話してくれた。

池袋の繁盛店で得た利益で、2店目、3店目と増やしていった。20代の早い段階で大金を手にした。若気のいたりで大きな失敗もした。そうした経験を経て、家庭の味を提供する定食屋というぶれない軸を持った。

家庭で健康によい料理がつくれない時代になったからこそ、そんな定食屋として上場したいとのことだった。

「うちのお店に入って、1人のお客さんが値段や味に満足して、少しでも幸せな気分になれたら、その分だけ世の中がよくなる。だからやるんだ」と、志を語ってくれた。

取材を終えるとさっそく、「上場を目指している定食屋がある!」という記事を書いた。

大戸屋が今、こんなにも増え、多くのファンを得ているのは、根柢にこの志があるからだと思う。

 

「火花」を読んだ

今話題の芥川賞受賞作「火花」(又吉直樹著)を読みました。

とてもおもしろく、あっという間に読んでしまいました。これは基本的には青春小説ではないかな。夢と現実のはざまで格闘する20代のヒリヒリするような日常を描いた小説、と1行でまとめるとすれば、そう言えると思います。

その意味では普遍性があるので、誰が読んでも思い当るところがあり楽しめる。

ただこの小説が決定的に新しいのは、夢の対象が「お笑い芸人」だということ。

ちょっと前までは考えられなかった。しかも、それを本物の芸人が書いている、そこがおもしろいのだと思います。

漫才というのは、言葉の芸で、そこを追究し、研ぎ澄ませれば、文学の世界と共通するものがあると感じました。関西弁の会話が漫才の掛け合いのようでおもしろく、飽きさせない。これなどは普段からネタを考えている著者だから書けたのではと思います。

そして、これだけ売れているのは「お笑い芸人」という特殊な世界に対する興味がある。毎日のようなテレビに出て、常におもしろいこと、楽しませる言動を期待されている、そういう世界にいる人間に対する興味があると思います。

作品もよいし、商業的にも大成功した芥川賞受賞作です。

 

『それ、あなたのトラウマちゃんのせいかも?』amazon1位

7月10日発刊した
『それ、あなたのトラウマちゃんのせいかも?――
あなただけの超簡単な言葉を唱えるだけで“いまここ”で楽になる!』
(大嶋信頼著 青山ライフ出版)ですが、
7月29日から、8月6日現在まで、amazonの
「臨床心理学・精神分析」のカテゴリで1位を続けています。
「心理学」カテゴリでも最高2位になり、現在は4位です。

http://tinyurl.com/nonatlv

大嶋信頼さんの著書がなぜ売れるのか?

おもしろくて説得力があり、役立つ本であるのに加えて、
一番の特徴は、誰も書かないことを書いているのです。

人文・思想分野の本はあふれるほどありますが、
「えっ、こんなことってあるの? あるかもしれない」
といった、ユニークで独自性がある考え方や
テクニックを説いている本はありません。

そこがすごいところなのです。

素朴な考え

自分の本質とは何だろう?

この名前は親がつけたものだから本質ではない。

身体一つで生まれてきた。

では、この身体が本質なのだろうか?

であれば、死ねばすべてがなくなることになる。

そもそも、この身体がどこから生じたかというと、
親から生まれたといっても、
親にこんな複雑なものをつくれるはずはないのだから、
自然に生じたとしか思えない。

この宇宙の中で自然発生的に生まれたのである。

銀河、星、惑星、草木、犬猫、虫、石などと同じように。

宇宙の創造物の一つといえる。

この世の秘密を知りたいと思っている。
そういう人はどれくらいいるのだろう。

そもそも、動いているとはどういうことなんだろうと考えたとき、
パラパラマンガの映像が浮かんだ。

なるほど、動いている、動いているように見えるということは、
瞬間の映像があって、それが連続して投影されていることなんだなと。

それが3次元空間で自動的になされているのがこの世なのかもしれない、
などと変なことを考えました^_^

では、そのパラパラマンガを動かしているのは誰なんでしょう。

一番ありそうなのは自分。

自分の錯覚だと考えることはできるが、では自分とは何なんだとなる。

そうなるともうわからない。

最近は、自分などない。
すべてが錯覚だという認識が広がりつつある。

スピリチュアルとか覚醒とか言われている。

わかったとはいえない。

わかろうとすること自体がエゴのせいらしい。
エゴが覚醒のじゃまをしているのだと。

しかし、じゃまなものがこの世にあるはずはない。
必要だからこそあるはず。

エゴの先にあるものがこの世を生み出しているのかもしれない。

科学技術に代表される知性が何千万年、何億年と、
さらに進化を続けていけば、この秘密を正面突破するかもしれない。

すべてを解明したうえで
宇宙そのものを自分たちでつくってしまったのではないか?

 

団塊世代による団塊世代のための雑誌

この4月、段階の世代の明日へ『myb』という
年2回発行のブックレットの新装第1号が発刊されました。

ある会合でたまたま隣に座った方が、
版元みやび出版の社長だった縁で本が送られて来ました。

http://www.miyabi-sp.biz-web.jp/

知る人ぞ知る小さな会社の本ですが、
執筆陣は加藤典洋、橋本治、三田誠広、南野坊ら、
すべて団塊世代というユニークなもので、
とても読みごたえがあります。
今号は、菅直人元首相のインタビューが載っていました。

次は10月発売。
年間購読料2000円と安いのも魅力です。

名古屋城を見た

4月に行われた自費出版ネットワーク勉強会の翌日、名古屋城を見てきました。

いつも素通りしておりましたが、やはり見てみるものです。

名古屋城は、徳川家康が加藤清正や福島正則らに命じて築城した城です。
金のシャチホコで有名ですが、なんと城郭建築で、国宝第1号に指定されています。
大阪城や姫路城を差し置いて国宝第1号なのです。
それだけ貴重な文化財なのです。

天守閣に上りましたが、確かに立派なお城でした。

ただ、残念ながら国宝に指定されたオリジナルは第二次世界大戦の空襲で焼失。
いまの城は戦後に再建されたものです。

焼失前の写真が展示されていましたが、それを見て、思いました。
その写真には城だけでなく、城を取り巻く町並みも写っていましたが、
戦前までは、大正、明治を経て江戸時代の風景とそんなに変わっていない。

日本というのは、戦後になって大変貌した国なのだなと実感しました。
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自分史活用推進協議会の活動

4月17日、自費出版ネットワークの勉強会があり、
名古屋に行ってきました。

勉強会の特別講座として、
「自分史活用推進協議会」の活動を紹介していただきました。
同協議会は「自分史を書く人、活用する人を増やして、日本を元気にしよう」という目的で2010年に設立された一般社団法人です。
こんな団体があること自体、時代を感じさせられます。

自分史でなぜ日本が元気になるのか?

1 自分史を書くと本人が元気になる。
2 家族とのコミュニケーションがよくなる。
3 社会にもよい影響を及ぼす。

という理由があります。

実際、家族でも自分の両親がどんなことを考え、どんな人生を歩んできたのか、詳しくは知らないものです。自分史を書くことで初めて、そうしたことを子供や孫に伝えられる。
そうしたコミュニケーションがあることで自然に尊敬の気持ちや相互理解が深まる。

とのことでした。

自分史を残したい年代は70代から80代とのことですが、
弊社の事例を見ても確かにそうです。

60代はまだまだ忙しく、やることがいっぱいあります。
70代も後半になって、人生の意味を総括し、
集大成を残し、伝えたいと思うようになる人が多いようです。