田端文士村記念館に行ってきた

東京・山手線には29駅ありますが、乗降客のランキングを見ると、
新宿、渋谷、池袋、品川、東京というのがベスト5のようです。
で、下位のランキングは、25位の大塚から、田端、目白、新大久保ときて、
最下位は鶯谷とのことです。
この中で、私にまったく縁のないのが田端駅。
30年以上東京にいて、1度も降りた記憶がないので
先日、行ってみました。

田端など何もないのではと思いながら、
山手線を降りて、よく分からないまま南口を出たところ、
本当に何もなかったので驚がくしました。

いくらなんでも山手線の駅なのだから、
駅前には店の10軒、20軒はあると思っていたからです。
そこはいきなり崖上・高台の住宅街であり、
崖の下を山手線が走っていたので、その見晴らしのよさは
山手線駅前随一でしょう。
どうやら田端駅に沿って走る東北本線の西側が崖上、
東側が崖下という感じになっているようです。

気を取り直して北口に出ると、
アトレなどがありそれなりに賑やかでした。

すぐ目の前に『田端文士村記念館』がありました。
入場無料でした。

田端駅の西側(高台側)は明治から昭和初期にかけて、
多くの芸術家・文士が住み、文士・芸術家村の様相を呈していた。
それを記念して建てられた記念館とのことです。

パンフレットによると、
明治22年、上野公園の外れに東京美術学校(現東京芸術大学)が開校されたのがきっかけで、
その卒業生が同じ台地続きで便のよい田端に住んで活動するようになった。
そのうち直木三十五らの文士も集まり出し、
大正3年に芥川龍之介が転入してくると、室生犀星、林芙美子、
サトウハチロー、菊池寛、萩原朔太郎らの文人が多く移り住み、
『文士村』という状況になった、とのこと。

記念館には芥川龍之介や室生犀星らの自筆原稿など、
非常に興味深い資料が展示されていました。
芥川の手書き原稿を見ましたが、案外さらっと書いている。
推敲に推敲を重ねたという感じではないと思いました。

それより驚いたのは、ジオラマで見た芥川の晩年の住まい。
部屋が10ほどある屋敷で、先般見た漱石の家よりずっと立派でした。

芥川はこの家の2階の書斎で「唯ぼんやりとした不安」という言葉を残して、
かわいい盛りの幼い3人の子どもを残して、昭和2年に自死しました。
いまさらながら、なぜ? と思わずにいられません。

文学好きの方は行く価値がある記念館です。

田端文士村記念館

田端駅前にある田端文士村記念館

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青山ライフ出版 代表取締役。青山ライフ出版は東京都港区にある出版社。自費出版、社史制作などに力を入れている。実用書、エッセイ、小説、詩集、絵本、写真集など幅広い出版物を発刊している。