その苦しみはあなたのものでない

この4月末、今や人気作家となった
心理カウンセラー大嶋信頼先生の本
『その苦しみはあなたのものでない』が
「SIBAA BOOKS (シバブックス)」から出版されました。

これは変ったタイトルですが、
そのテーマは、常識にとらわれない、ということなのです。

たとえば「苦しい」と思ったとき、
自分が苦しいのだというのは常識ですが、
「となりの人の苦しみが伝わってきたのだ」と思うこともできる。

そういうこともありうるのです。

常識からちょっと外れているくらいの人がうまく生きられている、
と大嶋先生は言ってます。

なんか、ちょっとわかる気がしませんか。

https://www.amazon.co.jp/dp/4434244981

広河村異聞

弊社が2015年7月に発刊した

「広河村異聞 戦前・戦中茨城県教育史 ―祖父母の生き来し道より―」河野みち (著)が

朝日新聞で紹介されました。

戦争の悲惨さ、異常さが克明に記された本です。

終戦記念日を前にして、あらためて考えてみたいものです。

https://www.asahi.com/articles/ASL8262ZLL82UJHB017.html

 

最強のベーシックインカム

この4月末、注目の書
『最強のベーシックインカム
AIとロボットが働く時代のおカネのシステム』が
「SIBAA BOOKS (シバブックス)」から出版されました。

昨今、ベーシックインカムという言葉がさまざまなメディアで
取り上げられています。
これは何かというと、新しい社会システムの提案です。

国民全員に、均等に一律にお金を配ればよいではないか、
というものです。

年金、生活保護、児童手当、といったものではなく、
赤ちゃんから老人まで、すべての国民に一定のお金を配る
ようになれば、現代が抱えるさまざまな問題も解決できる
というわけです。

勉強、スポーツと同じように、
お金を稼ぐのにも得意不得意があります。
けれども、現代は働かないと生きていけない時代です。
その原則が、人々からさまざまな可能性の芽を摘んでいる。

ベーシックインカムで生活が保証されるのであれば、
もっと自由に生きられる社会になるような気がします。

本書は、
これからの私たちの生き方を考えさせる本なのです。
ぜひご一読を!

http://aoyamalife.co.jp/review/BI.html

 

2016年 年間ベストセラー

日販が集計した2016年のベストセラー(総合)は以下でした。

1位『天才』 (石原慎太郎著 幻冬舎)
2位『おやすみ、ロジャー、魔法のぐっすり絵本』(カール=ヨハン・エリーン著 三橋美穂監訳 飛鳥新社)
3位『ハリー・ポッターと呪いの子 第一部・第二部 特別リハーサル版』(J.K.ローリング ジョン・ティファニーほか著 静山社)
4位『君の膵臓をたべたい』(住野よる 双葉社)
5位『嫌われる勇気』(岸見一郎 古賀史健著 ダイヤモンド社)
6位『どんなに体がかたい人でもベターッと開脚できるようになるすごい方法』(Eiko著 サンマーク出版)
7位『羊と鋼の森』(宮下奈都著 文藝春秋)
8位『コンビニ人間』(村田沙耶香著 文藝春秋)
9位『正義の法』(大川隆法著 幸福の科学出版)
10位『新・人間革命(28)』(池田大作著 聖教新聞社)

『天才』が1位というのはちょっと意外でした。
もっと意外だったのは「ベターッと開脚」の6位。
開脚したい人がそんなにいるのだろうか?? と思ってしまいました。

柔らかい体→健康→快適、という連想。
興味・好奇心をそそるタイトル、
といった要因が思い浮かびますが、
これは結果を見て言っていることで、
出版前に予想することはとてもできないと思いました。

PYRAMID SONG アンコール遺跡をゆく 上田達写真集

山梨県中央自動車道・笹子トンネル天井板崩落事故で
9名の命が奪われた悲しい事故があったのは
2012年12月2日のことだった。

それから4年、2016年12月2日、
ご遺族の今を伝えるさまざまなニュースのなかで、
『PYRAMID SONG: アンコール遺跡をゆく 上田達写真集』
(青山ライフ出版)が、1202、NHK朝のニュースで紹介されました。
ご覧になられた方も多いと思います。

上田達(故人 享年27歳)さんは笹子トンネル事故の犠牲者で、
この写真集は、ご両親が達さんのコンピューターを立ち上げた際に
発見したアンコール遺跡の写真をまとめたものです。

とても美しい写真集で、
その解説文は以下のようなものです。
2012年8月21日、僕はやっと取れた会社の夏休みを利用して、アンコール遺跡を訪れるために、炎天下のカンボジアへ出発した。写真をたくさん撮ってきたかった。とくに、最近ようやく人が入れるようになり、徐々にその全貌を現わしつつあるベンメリア Beng Mealeaというところへ行って。
その年の12月2日、山梨県中央自動車道・笹子トンネルの崩落事故で、僕は他界する。当時、東神田のシェアハウスに住んでいた4人の仲間たちとドライブに出かけた帰りのことだ。いつも首から提げていた愛用の一眼レフと一緒に、僕はそのまま、カンボジアよりもう少し遠いところに旅立ったんだ。
あれから3年、趣味で撮りためた大量の写真データが収まる僕のアップルコンピュータの画面を、両親がようやく立ち上げてみてくれた。水上の家々や樹木、動物、奇妙な形の建造物、いまも鬱蒼とした密林の奥に打ち捨てられたままの Beng Mealeaの圧倒的な光景を!
いま、僕には大好きなREDIOHEADのPYRAMID SONGが聴こえる。無類に美しいメロディと、息を呑む言葉が、耳に飛び込んでくる。暗いトンネルへ消えた僕たちの、愛する家族や友達のところへ帰れなかった僕たちの叫びのようだ。どうか少しだけ、耳を傾けてください。そして、あの夏の日、僕が見た同じ風景のページを、少しだけ捲ってみてください。

http://aoyamalife.co.jp/review/PS.html

テクニウム――テクノロジーはどこへ向かうのか?

『テクニウム――テクノロジーはどこへ向かうのか?』
(ケヴィン・ケリー著 みすず書房)を読んだ。

本書はテクノロジーの進化そのものをテクニウムと名ずけて、その本質を考察している。視点のスケールがとても大きい本である。

人類は石器から始まって、鉄、農業、機械、自動車、コンピューター、インターネット、人工知能とテクノロジーを進化させてきたが、一体このテクノロジーの進化(テクニウム)とは何なのか?
人類は自分たちがすべてを作り出してきたように思っているが、本当にそうだろうか。
そこにはもっと深い何かがありそうだ。

科学技術に関しては確かに人類が生み出し、進化させて来たものだが、
その進化を自分たちの意思で止めたり、後退させることができるだろうか?
たとえば人工知能が人間を超えそうになったとき、危機感を抱いた人間が、
人工知能の進化を意図的に止めたいと思うかもしれない。

しかし、それは不可能なのだ。
進化系統樹の人類の先に人工知能が来ることになっているのであれば、それは避けられない。

なぜなら、テクニウムはそれ自体が生命の法則であり、宇宙の法則だから。

この本を読むとこんなことを考えさせられる。
ビッグバンの瞬間から、すべて決まっていた。
さまざまな元素が生まれ、光が生まれ、物質が生まれ、生命が生まれ、生命が進化し、人類が生まれ、人類が人工知能を生み出し、人工知能がさらに高度な何かを生み出し、と進んでいく。そして、その進化の最終形である何者か(神?)が、また新たな宇宙をつくるのでは? なんてことを。

 

『「私」という夢から覚めて、わたしを生きる』を発刊

6月29日、弊社は『「私」という夢から覚めて、わたしを生きる』
(中野真作著)を発刊しました。
これは弊社が企画出版本のためにつくったブランド、
SIBAA BOOKS(シバブックス)の最初の本になります。

amazonの人文・思想 > 哲学・思想 > 形而上学・存在論
部門でいきなり1位になるなど、大変な注目を浴びています。

日々のニュースなどを見ていると、
世界はすさまじい勢いで変化しているように感じますが、
本当の変化は人間の内部、
意識に起きているのではないかと思うことがあります。

「今、多くの人が目覚め始めています」の一文で始まる本書は、それを示す一例です。

「自分とはこんなもの」
「世界とはこんなもの」
「人生とはこんなもの」
と多くの人が思っている思い込みが緩み始めており、
自分がこの世に存在する、その裏には何があるのかに
気づき始めているのです。

また本書には
―非二元・悟りと癒やしをめぐるストーリー―
というサブタイトルにあるように、癒やしについても
多く書かれています。

そもそも「私」という思考が苦しみの原因なのだ、と言います。
もっとかみ砕いて言うと、この皮膚に包まれた私という小さな存在が、自分の力だけで、このわけの分からない世界の中で生きていると思い込んでしまっているのが苦しみの原因なのだ、と説いています。

ご興味のある方は、下記をご覧ください。

http://tinyurl.com/gwc244d

言葉でホルモンバランス整えて、『なりたい自分』になる! amazon 第1位

弊社では、企画出版の本も少しずつ増やしております。

この3月に発刊した

『言葉でホルモンバランス整えて、「なりたい自分」になる!
―一瞬で緊張と不安が消える魔法のメソッド』(大嶋信頼著)もその中の1冊ですが、

現在、amazonで第1位となっています。
(ストレス・心の病気カテゴリ 2016年3月31日)

「ホルモンの分泌や抑制など、言葉でできるわけがない。薬でやることだ」と思っている人が多いかもしれない。
けれども、われわれは日常的に言葉で元気を出したり、緊張や不安を和らげたりしていないだでしょうか。自然にやっていることです。

試しに、「アドレナリンの分泌! アドレナリンの分泌!」と7回唱えてみたら、
本当に身体に力がみなぎってきた感じがします。
そこで著者は
「もし、ホルモンの名前を頭の中で7回唱えるだけでホルモンを分泌できたら」
と突拍子もないことを考えついたのです。

言葉とホルモンの関係を科学的に証明することは難しいかもしれないが、
「こういう言葉を唱えたら、こういうホルモンが分泌されて、こんな効果があった」という事例を考察し、立てられた仮説は非常に興味深いものです。

へー、こんなことってあるんだ!

という話が次々と出てくる本です。

http://tinyurl.com/hr6su6r

 

「火花」を読んだ

今話題の芥川賞受賞作「火花」(又吉直樹著)を読みました。

とてもおもしろく、あっという間に読んでしまいました。これは基本的には青春小説ではないかな。夢と現実のはざまで格闘する20代のヒリヒリするような日常を描いた小説、と1行でまとめるとすれば、そう言えると思います。

その意味では普遍性があるので、誰が読んでも思い当るところがあり楽しめる。

ただこの小説が決定的に新しいのは、夢の対象が「お笑い芸人」だということ。

ちょっと前までは考えられなかった。しかも、それを本物の芸人が書いている、そこがおもしろいのだと思います。

漫才というのは、言葉の芸で、そこを追究し、研ぎ澄ませれば、文学の世界と共通するものがあると感じました。関西弁の会話が漫才の掛け合いのようでおもしろく、飽きさせない。これなどは普段からネタを考えている著者だから書けたのではと思います。

そして、これだけ売れているのは「お笑い芸人」という特殊な世界に対する興味がある。毎日のようなテレビに出て、常におもしろいこと、楽しませる言動を期待されている、そういう世界にいる人間に対する興味があると思います。

作品もよいし、商業的にも大成功した芥川賞受賞作です。

 

『それ、あなたのトラウマちゃんのせいかも?』amazon1位

7月10日発刊した
『それ、あなたのトラウマちゃんのせいかも?――
あなただけの超簡単な言葉を唱えるだけで“いまここ”で楽になる!』
(大嶋信頼著 青山ライフ出版)ですが、
7月29日から、8月6日現在まで、amazonの
「臨床心理学・精神分析」のカテゴリで1位を続けています。
「心理学」カテゴリでも最高2位になり、現在は4位です。

http://tinyurl.com/nonatlv

大嶋信頼さんの著書がなぜ売れるのか?

おもしろくて説得力があり、役立つ本であるのに加えて、
一番の特徴は、誰も書かないことを書いているのです。

人文・思想分野の本はあふれるほどありますが、
「えっ、こんなことってあるの? あるかもしれない」
といった、ユニークで独自性がある考え方や
テクニックを説いている本はありません。

そこがすごいところなのです。

「仕事は楽しいかね?」

「仕事は楽しいかね?」(デイル・ドーテン著 きこ書房)
・ブックレビュー

本書は「試すこと」の大切さを説いている。
今の人生に満足できず、もっと成功したいとか、
こんなはずではなかったと思っている人には、
とても有用なヒントが提示されている。
まさに目からウロコと言ってもよい。

世の中でも有名な成功者と言われている人は、
なぜその成功を手に入れたのだろうか?
多くの人はこう思っている。

その人は並外れた能力や情熱を持ち、
並外れた努力をし、しかも運もよかったのだ。
そういう星の下に生まれた特別な人なのだ、と。

これは間違った思い込みである。
もちろん最低限の才能や努力は必要だが、
同じ人間なのだから、人の2倍も3倍も才能があったり、
努力できたりするはずがない。
誰にだって、1日は24時間しかないのだ。

運のよさも同じ。
同じサイコロを振って、
人の2倍も3倍も当たりを出せる人はいない。

ではどこで差がついたのだろう?

実はサイコロの例でたとえるとわかりやすい。
チャンスをつかむサイコロがあるとする。
成功する人は、このサイコロを何度も何度も、
当たりが出るまで振る。
当たりが出たら、さらに次の当たりを狙う。

われわれ凡人はそれはしない。
その差なのである。

なぜサイコロを振らないのか。
サイコロを振るには、時間やお金や勇気
といった一定の掛け金が必要だからだ。

たとえば6の目が出れば1000万円
もらえるサイコロゲームがある。
ただし1回振るのに100万円かかる。
あなたの全財産は500万円である。

確率は6分の1だからチャレンジすれば得する可能性は高い。
けれども全財産を失って無一文になるかもしれない。
さあ、どうする?

人生のサイコロにはこういうきわどいものがあるから、
多くの人は試すこと(チャレンジ)しないのである。

掛け金の小さいものから高いモノまで、
こういったサイコロを振る機会が無数にあって、
しかも工夫次第で掛け金を小さくしたり、
当たる確率を高めたりもできるのが実際の人生かもしれない。

それが薄々わかっていても、
大半の人はリスクを避け、
安楽にしていたいので何もしない。

というか、チャレンジしなくても生きていけるから
何もしないのだろう。

ただ、みんながそうでは活力は生まれず
衰退する一方である。

そうした中でも、本を出しているような人は
「試す」ということをしている人だと思う。
極端な例でいうと、
ソフトバンク孫正義社長を見ているとよく分かる。
目標を定めて階段を一段一段上るだけでは、
一代で資産16兆円の企業グループをつくるのは不可能。

とにかく次から次へとサイコロを振ってきた。

そして当たりが出ると、
得た資金をさらに大きなサイコロゲームに
どーんと投じて今に至っている。

日本は今、労働人口減による低成長で苦しんでいるが、
今後も経済成長を目指すのであれば、
勤勉な努力家、秀才を養成するだけでは無理がある。

もっと果敢に新しいことにチャレンジしていくような
勇気のある人材が求められるのではないだろうか。

「勇気」と書くと、大げさに感じられるが、
いろいろなことを少し思い切って試して、やってみて、
その成行を楽しむというちょっとしたこと。

そのちょっとしたことをやるかやらないかで、
大きな差が生じるのだと思う。

『無意識さんの力で無敵に生きる』を発刊!

「無意識さんの力で無敵に生きる
―思い込みを捨て、自由自在の人生を手に入れる方法」
(大嶋信頼著 青山ライフ出版)を2014年12月に
発刊しましたが、大変な勢いで売れているようです。

心理学カウンセラーの大嶋先生の著書は、
1作目「ミラーニューロンがあなたを救う!」
2作目「支配されちゃう人たち」とともに非常に
評判がよいです。
心理学という一般の人にはわかりにくい話を、
親しみやすい話し言葉で、しかも、ここまで言っていいのか、
ここまで言うか、というところまで言います。

突き詰める想いの熱さと勇気があるからこそ、
突き抜けることができるのでしょう。

さて、今回の「無意識さんの力で無敵に生きる」ですが、
とても興味深い本です。

無意識が強い、というのは、
ある程度、誰もがどこかで
心当たりのあることだと思います。

スポーツなどでも絶好調の時は、何も考えていません。
いや考えてはいるけれども、余計なことは頭にない。
だからこそ、うまくいく。

この仕組みをあらゆる場面に使えれば、
人生もうまくいくのではないか、というわけです。

端的に言うと「考えなければよい」のですが、
意識すればするほど、それはできなくなる。

そこで催眠の世界に入っていくわけです。
とても興味深く、また面白い本です。

http://aoyamalife.co.jp/review/muishiki.html

便所のネズミと倉のネズミ

――司馬遷著『史記列伝』を読んで――

『史記』は司馬遷が書いた歴史書で、
紀元前91年頃に完成しました。
『列伝』はその中の一つで70巻からなり、
『李斯列伝』は27番目の話です。

李斯(りし)は秦が天下統一したときの立役者です。
この話の一番最初のところが、特におもしろいです。

若い頃、地方の下っぱ役人だった李斯が
なぜこんなに出世したのか。

人生の転機というものはいろいろありますが、
何かを見たときに、ぱっと気がついて、
腹の底から、これだ! と思うようなことがあります。
そのひらめきが書いてあるのです。

あるとき、李斯は役所の便所でネズミを見ました。
便所のネズミは汚物を食う生活をしており、
しかも人間や犬を恐れていつもびくびくしていた。

ところが、倉の中のネズミは穀物をたらふく食って、
ゆったりとしている。

「ああ、そうなのか」と李斯は思ったのです。

「結局、人間もネズミと同じではないか。
賢いとか、愚かだとか言うが、その違いは、
才能や努力などという以前に、
その人のいる場所によって決まってしまうのだ」と。

「だったら、俺は一番よい場所に行ってやろう」と思ったのです。

こうして李斯は偉い先生について帝王政治学を学び、
一番の強国であった秦に向かった。
秦王(始皇帝)に仕える策をこうじて、
チャンスをつかみました。

二十数年後、秦は天下を取り、李斯は宰相となった。

李斯の長男も地方の長官となり、
長男が帰省したとき、家で酒宴を催した。
国の主な者はことごとくやってきて、
門前に集まった車馬は何千という数に上った。

それを見て李斯は思いました。
「今、私は頂点に立ってしまった。
物事は頂点に達すると、あとは衰えるほかない。
私の馬車が止まるのは、一体どこなのだろう」

そして、そのときはまもなくやって来ました。

始皇帝が死に、二世皇帝の時代になると、
李斯は謀略により投獄され、
やがて一族もろとも皆殺しにされました。

李斯の生き方にはいろいろ考えさせられます。

「人間はいる場所によって決まる」と看破し、
平民から大国の宰相になったのは見事でした。

けれども高く上りすぎると、
やはり危険ということでしょうか。

たしかに李斯は、米倉の一番てっぺんのネズミになりましたが、
それがイコール幸せではなかったともいえます。

米倉のネズミが皆幸福で
便所のネズミが皆不幸とは限りませんよね。

とはいえ米倉にいたいのも事実。
けど、高く上りすぎると危険だから、
中程の目立たない、安全なところにいようと。

大半がそう思っているのが今の日本のような気がします。

先人から受けた恩恵を後輩に返す

松島先生を囲む会が終わった後、
もう一つ、出版記念会がありました。

『モルフィンと人類の歴史
ケシの実より生じたアヘンがわれわれに教えてくれたこと』

http://aoyamalife.co.jp/review/morufin.html

を出された天木嘉清さんが、もう1冊、
「見て考えて麻酔を学ぶ」(中山書店)の改訂第2版が出たのに
合わせて、出版記念会を開かれました。

東京慈恵会医科大学の医師である天木さんが、
後輩医師たちに向かって、
会の最後にこんなことを言いました。

とても感銘を受けたので紹介します。

「私たちは今、とても高度に発達した薬や治療法を用い、
医療活動をすることができています。
それによって患者さんから感謝されたり、
報酬を得たりしています。しかし、それは誰のおかげか。
その方法を開発してきた先人たちのおかげなのです。
だから、われわれもその利益を享受するだけでなく、
価値あるものを1つでも、2つでもつけ加えて、
紙に書き、後輩たちに伝え残していくべきではないか。
それをしないでいるのは無銭飲食と同じではないか」
と言いました。

これは医学に限ったことではないです。

恩恵を受けた者は、それだけのものを
何らかの形で返さなければならない。
その考え方が素晴らしいと思いました。

幸せに生きることができた。
ああよかった。
はい、さようならと死んでいくのか。

しかし、生きるだけで必死、精一杯という人もいる中で、
誰のおかげで幸せに生きることができたのか。

恵まれた環境にある人は考えなければいけません。
そう考えると、意識が変わってくる。

先人とは親や、そのまた親であり、
それをとりまく世の中の先輩の方々です。

それらの方々のおかげで今日があるのなら、
これからは自分も後輩のためにできるだけのことをしたい。

価値あるものを残すことは、
そういう目的にかなっているので、
そのための努力もまた充実したものになるでしょう。

アルフレッド・アドラー 人生に革命が起きる100の言葉

アルフレッド・アドラー 人生に革命が起きる100の言葉
(小倉 広著 ダイヤモンド社)

「自己啓発の父」と呼ばれるアドラーの思想を説く本です。
最近ブームになっています。

『七つの習慣』など多くの自己啓発本は元をたどると、
アドラーの思想にたどり着くのです。

人間性というものを説いた元祖なので、その言葉は深いです。

たとえば感情について、こんなことを言っています。

「悲しいから涙を流すのではない。
相手を責め、同情や注目を引くために泣いているのだ。」

すべての行動には、本人にも無自覚な目的があるというのです。

人は目的のために感情を使用するので、
上のようなとらえ方になります。

怒りについても同じです。

「カッときて自分を見失い怒鳴った、のではない。
相手を『支配』するために『怒り』という感情を創り出して
利用したのだ」

ということです。

最初に目的があり、人はその目的を達成するために、
感情に背中を押してもらって、行動するのです。

人は理性だけで判断して行動するのでなく、
怒り、悲しみ、喜び、恐れなどの感情を利用して
行動しているのです。

感情は車のガソリンのようなもの、
人の行動にパワーを与えるものなので、
これに支配されるのではなく、
うまく利用すればよいのです。

理性というハンドルを使って、
感情というパワーをうまく制御し、
適切な運転をするイメージでしょうか。

よく「理性と感情」は対立する概念で呼ばれますが、
アドラーはそれらは互いに補完し合っているだけで
対立したものではないとしています。

「悪いと思いつつ、欲望に負けて○○してしまった……」
という状況はアドラーの考えでは、理性が感情に負けたのではなく、
自分の意思で、○○する選択をしたに過ぎないのです。

そのときの言い訳として、欲望を悪者扱いしているだけです。

アドラーの思想は、言い訳を認めないので厳しいようにも
思えますが、一方で、とてもシンプルですっきりとします。